ウユニ・イースター島 12日目

5/8
旅行最終日。

成田へ向かう飛行にの中で、気づいたら日付変更線を越えていた。
ダラスまで行きは10時間ちょっとだったが、帰りは12時間以上。
偏西風の影響だと思うが、コースもずいぶん北寄りを飛んでいた。

到着後、バスで帰宅。

帰国するといつも思うが、やっぱり日本はいい。
治安が良くて、自然に恵まれている。
問題も多いと思うが、これだけでとても魅力的。

今回も無事旅行を終えました。

ウユニ・イースター島 11日目

5/7
ダラスからの飛行機は、日本の航空会社は持っていない757という機体だった。

ナローサイズなので、機内は狭い。

目覚めたのはダラス到着の1時間ほど前。
大陸が見えてきた。

朝食を済ませるとダラスに到着。

ある程度予想していたが、セキュリティチェックでウユニの塩が引っかかった。
今までは外側からのチェックだけで大丈夫だったが、ここではしっかり開けられた。

10:45発のAA175で成田へ。

いよいよこの旅最後のフライト。

ウユニ・イースター島 10日目

5/6
朝7時半に起床。
外はまだ暗い。

昨日泊まった施設は、ホテルと言うよりは民泊に近かった。
マンションの一室を貸している感じ。

ただ、別の棟にレセプションがあり、ある程度まとめて貸しているよう。

朝食は市場へ。
貝類がたくさん入ったスープだったが、味はいまいち。

貝の砂抜きも完全じゃなかった。

その後、お土産を探しながら歩く。
途中、「サンティアゴ大聖堂」へ。

週末のミサが行われていた。

昼には空港に向かい、帰国の大移動開始。
ここからは、乗り継ぎを重ねて日本へ。

先ずは、この旅3回目のリマ。

ここで7時間の待ち。
ぎりぎり今日中の出発でダラスに戻ります。

ウユニ・イースター島 10日目

5/6
朝7時半に起床。
外はまだ暗い。

昨日泊まった施設は、ホテルと言うよりは民泊に近かった。
マンションの一室を貸している感じ。

ただ、別の棟にレセプションがあり、ある程度まとめて貸しているよう。

朝食は市場へ。
貝類がたくさん入ったスープだったが、味はいまいち。

貝の砂抜きも完全じゃなかった。

その後、お土産を探しながら歩く。
途中、「サンティアゴ大聖堂」へ。

週末のミサが行われていた。

昼には空港に向かい、帰国の大移動開始。
ここからは、乗り継ぎを重ねて日本へ。

先ずは、この旅3回目のリマ。

ここで7時間の待ち。
ぎりぎり今日中の出発でダラスに戻ります。

ウユニ・イースター島 9日目

5/5
イースター島最終日。
今まで行き残したところをタクシーで巡る。

南海岸周辺の倒れているモアイへ。
いくつか見た中でも大きな規模の「アフ・ハンガ・テエ」。
8体のモアイがうつぶせに倒れる。
モアイ倒し戦争で倒され、その後のチリ地震の津波でバラバラになったそうだ。

その後もいくつかのモアイを見た後、再度、昨日行った「ラノ・ララク」へ。
昨日は火口側のエリアを見られなかったため。
火口はやはりカルデラになっていて、葦が生い茂っている。

モアイは、火山の外側だけでなく、内側でも作られていたらしい。
遠くにモアイが見える。

最後は「アラ・オ・テ・モアイ」(モアイの道)にあるモアイへ。
モアイは歩いて移動したというという伝説があり、その道が「アラ・オ・テ・モアイ」。
「ラノ・ララク」から海岸へ続く道があり、その両側に点々とモアイが倒れている。

その後、村に戻り昼食。
今回の旅のメイン、イースター島、終了。
ずーっと昔から気になっていた島に来れて良かった。

帰国に向け、先ずはサンティアゴへ移動。

今回の飛行機は揺れた。

ウユニ・イースター島 8日目

5/4
今日は島の東側をツアーで巡る。
先ずは「ラノ.ララク」へ。
ここでモアイは削り出されたらしい。
モアイ像のイメージ通りのモアイ像がたくさん放置されていた。

「モアイ・ピロ・ピロ」という名前のついたモアイ。地中に埋まっているが、12mあるらしい。

別のモアイ。

切り出し途中のモアイ。頭はできているが、体の部分がまだらしい。

それから、唯一形が異なるモアイ。正座をしている。初期のものらしい。

このエリアの全景はこんな感じ。至る所にモアイがある。

次に行ったのは「ラノ・ララク」から2kmほど離れた場所にある「アフ・トンガリキ」。
ポリネシア最大規模のアフに15体のモアイが並ぶ。

チリ地震の津波で無残な状態になっていたのを、日本の援助によって復元されたとのこと。
これがきっかけで、宮崎県にモアイがあるらしい。

その後、昼食を取った後、北側エリアへ。
「テ・ピト・クラ」や「アフ・ナウ・ナウ」といわれるモアイを見学。

ツアー解散後、村の西側へ。
きれいな夕日を見せてくれた。

夜は少し歩いて、マグロのおいしい店に。

明日は、行き残した場所を見た後、サンティアゴに移動。
いよいよイースター島も終了です。

ウユニ・イースター島 7日目

5/3
本日も自転車で移動。
島の西側に。
「アフ・フリ・ア・ウレンガ」というモアイを見た後、「プナ・パウ」というエリアに。
モアイの頭に乗っている「プカオ」は全てここから切り出されたそう。
ほかのエリアと違って、唯一赤い岩が取れる。

放置されたプカオ。

この場所から切り出されたそう。

次に「アフ・アキビ」へ。
1960年に初めて復元されたモアイで、あの宮崎のモアイの元になったモアイ。
宮崎のモアイは、イースター島長老会の会長が世界で唯一モアイの完全復刻の許可を出したらしい。

その後、「アナ・テ・パフ」という洞窟を見て、西海岸周辺に移動しようとしたが、途中で道を間違えたらしく、そのままハンガ・ロア村に下りてしまった。

仕方ないので、いったん西海岸周辺はあきらめ村の西側へ。
「タハイ儀式村」周辺の「アフ・コテリク」「アフ・タハイ」「アフ・バイ・ウリ」の3つのモアイと少し離れた「イースター島博物館」と「アフ・ハンガ・キオエ」というモアイを見学。

唯一、目が復元されている「アフ・コテリク」。プカオも被り大きめ。

5体のモアイが並ぶ「アフ・バイ・ウリ」。初期のモアイらしい。

イースター島博物館では、島の象形文字が刻まれた「コハウ・ロンゴ・ロンゴ」や、モアイの目などを見学。

本日、最後に行った「アフ・ハンガ・キオエ」。馬が草を食んでいた。

明日は島の東側への一日ツアー。
モアイっぽいモアイが見られるかも。

ウユニ・イースター島 6日目

5/2
本日からイースター島散策。
本日と明日は自転車を借りて巡ることにする。
ハンガ・ロア村で自転車を借り、先ずは村の西側にある「アフ・タウティラ」へ。
初モアイ。

続いて「アフ・リアータ」(ほぼ一緒)

その後「アナ・カイ・タンガタ」という洞窟の壁画話見て「ラノ・カウ」という島の南側にある火山へ。

「ラノ・カウ」には、大きなカルデラ湖があって、写真はその景色。
その先には「オロンゴの儀式村」があり、オロンゴの儀式(鳥人儀礼)に使用された住居が復元されている。

ここからの景色は絶景。

奥にある大きな島まで泳いで鳥の卵を取りに行き、一番早く取って帰ってきた部族の首長が、次の一年、神に仕えるものとして崇拝されたらしい。

次に向かったのが「アフ・ビナプ」
ここには、わずかしかない女性のモアイと、インカ帝国を想像させる緻密な石組み(アフ)が見られる。

うつ伏せに倒されているモアイ。

緻密な石組み。

最後はハンガ・ロア村に戻り夕食。

少し邪道と思いつつも寿司にした。
CEVICHE ROLL だそう。
中にはタコやローカルフィッシュがアボカドで巻かれている。
上にはマグロやタマネギ、トマトなどを和えたもの。
レモンが搾られさっぱりとした味わい。
一応、わさびと醤油で頂いた(照り焼きソースも出てきたが)。
寿司としては微妙だが、まぁ、それなりにおいしく頂いた。

そういえば、昨日、空港までホテルの人に迎えに来てもらったとき、こんなものを首からかけてもらった。

一緒に行った人の名前が女性っぽかったか。

今日は山頂まで自転車を漕いだため疲労困憊。
明日までに回復できるか…。

ウユニ・イースター島 5日目

5/1
昨日の夜、ウユニからラパスまで移動。
次のリマまでのフライトには7時間程度あるため、空港内の簡易宿泊施設で1泊。
時間ごとの料金体系で5時間で300B.だった。

2時半に起床しリマへ。
一気に高度が下がって、体が楽になった。

この後、リマからサンティアゴに、更に同日乗り継ぎでイースター島へ。
イースター島へは、22:35着予定。

イースター島に上陸。

明日から島内を巡ります。

ウユニ・イースター島 4日目

今朝は3時に起き、星空と日の出を見るツアーに。
天気は時々雲に遮られるが、きれいな星空ものぞく。
写真の腕が悪く星の数が少ないが、上下対称になっている下の部分は湖面に反射した星。

朝方の様子。

その後、ホテルに戻り11時からプライベートツアー。
昼の湖面はあいにくで、風景の映り込みもほとんどない。

いったんトゥヌパ火山を見学し、サンセットを見に再度水のある場所へ。
着いてしばらくは若干波立っていたが、だんだんクリアな湖面に。

最後はべた波で、いままでで一番きれいな湖面を見せてくれた。

これでもう少し水量が多ければ完璧なんだけれど。

ツアー終了後、そのまま空港へ。
今日からまた移動、イースター島に向かいます。